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二つの不思議な言語
小学校高学年から中学生くらいにかけての頃のことです。
ふとした瞬間に、聞いたことのない言語が頭の中に直接流れ込んでくることがありました。
まるで脳が受信機になったかのように、突然入ってくる感じです。
それは大抵二種類ありました。
ひとつは、高くて早いリズムの言語。
もうひとつは、低くてゆっくりとしたリズムの、お経のような響きを持つ言語です。
それぞれ別々に聞こえてくることが多かったのですが、ある時、その二つが同時に流れ込んできたことがありました。
あまりの情報量に頭が追いつかず、強いめまいがして寝込んでしまったのを覚えています。
誰かの想いが流れ込んでくる感覚
当時の私は、目に見えないものの存在を漠然と感じたり、不思議な声を聞いたりすることがよくありました。
時には、自分ではない誰かの想いのようなものが体の中に入ってきてしまうこともありました。
私の意識が押しのけられ、身体ごと飲み込まれそうになる感覚です。
訳が分からなかったし、感情というか、誰かの想念のようなものが突然ズドンと入ってくるので、
「このまま身体を取られてしまうのではないか」
と思い、必死に抵抗していました。
その度に、僧侶である父や親族が御祈祷をして、体の外へ出してくれました。
力をいれ続けたせいか、その後は決まって数日間筋肉痛になっていました。
自分の感覚を閉ざした日
そんな体験が続いていたので、二つの声が同時に流れ込んできた時も、
「何かに入られたのかもしれない」
そう思いました。
自分の身体を明け渡したくなくて、必死に抵抗したことを今でも覚えています。
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私の家系は、父方も母方もお寺の家系で、ご先祖様の中には、お寺以外にもお堂や祠を守ったり、
神託をおろしたりする人もいたそうです。
そんな話を聞いて育ったので、不思議な体験もごく自然なことだと思っていました。
だから友達にも普通に話していたのですが、話すうちに「嘘つき」等と言われてしまいました。
とても悲しかったのを覚えています。
そして、
「みんなと違うことをすると仲間に入れてもらえないんだ」
と思い込んでしまいました。
それ以来、目に見えない世界の話は誰にも話さないと決めました。
そういう体験自体も、してはいけないのだと思うようになりました。
ただ、確かにそこには何かがありました。
うまく説明することはできないけれど、私の中では、
むしろ、そちらの方が本質なのではないかという感覚がずっと残り続けていました。
点と点がつながった日
そして時は流れ、大人になったある日。
私は、その言語の正体を知ることになります。
それは、思春期の私が想像もしなかったものでした。
長い間バラバラだった点と点が、一本の線として繋がった瞬間でもありました。
そして同時に、自分の感覚や真実を受け入れずに生きてきたことで、
子どもの頃に感じていた安心感や、自分の世界を創造するワクワクから離れて生きてきたことにも気づきました。
あの時、怖くて閉ざしてしまった感覚は、本当は私を苦しめるものではなく、
本質に戻る為に必要なものだったのです。
その言語が何だったのか。
なぜ私のもとに届いていたのか。
そのお話は、また次の記事でお話ししたいと思います。




